ときは世紀の一戦となるヒクソングレイシー戦の一年前。
かつて人気ドキュメンタリー番組『世界ウルルン滞在記』(TBS系列)のロケで、元プロレスラー・総合格闘家の高田延彦がピレネー山脈の麓に位置するスペイン・バスク地方を訪れた際のエピソードは、今なお格闘技ファンの間で伝説的に語り継がれています。
放送されたのは1996年9月。UWFインターナショナルで全盛期の強さを誇り、新日本プロレスとの全面対抗戦などで多忙を極めていた時期に、高田は単身スペインへ飛び立ちました。ピレネーの厳しい自然の中で育まれたバスク人の力自慢たちと、日本のメジャープロレス・UWFの頂点に君臨した“最強”の男。伝統競技での交流から、どちらからともなく始まった「即席のスパーリング」に至るまでの熱いドラマを紐解きます。
1. 100kg超の巨石に挑む「ハッリ・ハソツァイラク(Harri-hasotzaileak)」
バスク地方には「農民スポーツ(Herri Kirolak)」と呼ばれる、過酷な農作業や樵(きこり)の仕事を起源とする伝統競技が数多く存在します。その代表格が、丸形や立方体の巨大な自然石を肩まで持ち上げる「石持ち上げ(ハッリ・ハソツァイラク)」です。
滞在中、現地の力自慢たちの家にホームステイした高田は、さっそくこの石持ち上げにチャレンジすることになります。
プロレスラーとして鍛え上げた肉体と桁外れの背筋力を誇る高田でしたが、取っ手のない100kgを超える滑らかな石を持ち上げるのは容易ではありません。握力ではなく、胸と腹で石を固定し、全身の連動で肩まで担ぎ上げる独特の身体操法が必要とされるためです。現地の達人たちが軽々と持ち上げて見せる中で、高田も全身に汗をかきながら巨石と格闘し、バスク人たちの敬意を勝ち取っていきました。

2. 「で、格闘家ならどちらが強いんだ?」から始まった手合わせ
力比べを通じてすっかり意気投合し、酒を酌み交わし交流を深める中で、男たちの血が騒ぎ始めます。
現地の屈強なバスク人たちもまた、単なる力持ちではなく、自国の伝統や肉体に対する強い誇りを持った猛者たちでした。「石を持ち上げる強さ」を認め合った後、自然と話題は「ところでプロの格闘家と、身体のできたバスクの男が組んだらどうなるのか?」という本能的な疑問へと向かいます。
言葉は通じなくとも、男同士の空気が一瞬で「勝負の空気」へと変わりました。
3. 即席のマットで繰り広げられた「グラップリング勝負」
その場(現地の道場・練習場)で急遽マットが敷かれ、服を脱ぎ捨てた高田延彦とバスクの男たちによる即席のグラップリング(寝技)勝負がスタートします。
バスクの男たちは圧倒的な骨太の体格と、巨石を持ち上げることで鍛え上げられた規格外の「前腕の力」「抱え込むパワー」で高田に圧力をかけようと迫ります。
しかし、一歩マットに入れば高田延彦は日本プロレス界・UWFで徹底的に叩き込まれたキャッチ・アズ・キャッチ・キャン(サブミッション・レスリング)の最高峰のプロです。
- 技術(テクニック)による制圧 正面からの力勝負に応じつつも、相手の力を受け流し、相手が力任せに押してくる関節の隙を見逃さずコントロール。
- 極めの凄み バックを奪い、首や関節を固めて「プロの関節技」の極めを見せつけます。
巨石を持ち上げるパワフルなバスクの男たちも、プロレスラーの持つ緻密な関節技と巧みなポジション制御には抗えず、見事にタップアウト(参った)。特に印象的だったのは自然と相手の力をいなすなかで形になった逆方エビ固めでした。真剣勝負の場でも逆方エビ固めは有効なのだ!と学生時代の筆者は胸が高鳴りました。こうして、プロの格闘家としての圧倒的な強さと技術の差を見せつける形となりました。
4. 異文化の「強者」同士が抱いた深いリスペクト
スパーリングが終わると、そこには遺恨などは一切なく、互いの強さを心から認め合った男たちの笑顔と抱擁がありました。
バスクの男たちは、巨石に挑む高田の根性と、マットの上で見せた本物の格闘技術に「日本のプロレスラーは本当に強い」と大絶賛。高田もまた、厳しい気候と伝統の中で身体を鍛え上げるバスク人たちの人間味と怪物的なパワーに深い敬意を表しました。
1996年秋の放送から年月が経った今も、言葉や文化の違いを超えて「力と技」で心を通わせたこのロケ映像は、高田延彦というファイターの強さと魅力を象徴する伝説の名シーンとして語り継がれています。


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